ルイージの憂鬱
今回も参加させていただきます。
【第2回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
無敵だ。今のおれに怖いものなど無い。
おれに触れるものは皆勝手にくたばっちまう。
こんな便利なアイテムがあるとは知らなかったぜ。
よし、そうなったらちんたらやってないでとっととクリアしちまおう。
そう思ったのが運のつきだった。
早く走りすぎてジャンプした先にあった穴にうっかり落ちてしまったのである。
ゲームオーバー。ジ・エンドだ。
またはじめからやり直しか、落ちながらルイージはそう思った。
ところがどれだけ時間が経っても落ち続けるばかりで一向に終わりが訪れない。
おかしい。
いつもなら一瞬暗転した後、スタート地点に戻っているはずなのだが。
これはどういう事なのだろう。ルイージは考えた。
もしかすると、スターをゲットして無敵状態のまま穴に落ちたから死なないって事なのか?バカな、そんな事があるはずがない。
これは、ひょっとするとバグというやつか、くそっ、製作者め。
ルイージは悪態をついた。
とは言えさて、この状況はどうしたものか。ずっとこのまま落ち続けるっていうのか?いやでももし急に底が来たらどうする?その時の為に受け身をとれるようにしておかなければ全身を叩きつけられてしまう。ルイージは身体をまるめて身構えた。
その状態のまま何秒経ったか、まだ身体は浮遊した状態だ。
どうやら底まではまだまだあるようだ。
だがそう思って油断した瞬間急に衝撃がくるかもしれない。自分の頭が潰れる音を想像すると、ゾッとする。その恐怖がまたルイージを身構えさせた。
そもそもこの穴には底というものがあるのか?落ち始めてから何分経っただろう、終わりが見えない。
つねに身体が緊張状態にあるせいか、だんだん疲れがやってきた。
ルイージは後悔し始めていた。
スターを取っていい気になって油断していたからこんな事になったんだ。あの時もっと慎重に行動していれば。
すぐ調子に乗る性格が災いして、いままでだっていろいろ失敗してきたっていうのにまた同じような事を繰り返してしまった。
ああ、おれも兄貴みたいに常に落ち着いてどっしり構えていればなあ。
兄であるマリオは昔からルイージの理想だった。頭が良くて、ケンカが強くて、優しくて、頼り甲斐があって、女にモテる。絵に描いたような皆のリーダー的存在だ。
両親にとっても兄は自慢の息子で、いつも期待を寄せていた。それに引き替えひ弱で出来損ないの弟であるおれに対して彼らはどこか諦めたような雰囲気を漂わせていた。
どうせ攫われたピーチの事も兄貴が助け出し、最終的に二人は結ばれるのだろう。そうに決まっている。
そうして二人は国民たちに祝福されていつまでも幸せに暮らしましたとさ、チャンチャン。
そんな結末を想像してルイージはため息をついた。
おれがもっと強ければピーチはおれのものになったかもしれないのに。
だがこうして終わりの見えない穴に落ち続けている以上、そんな未来は訪れない。
そう思うと悔しくて涙が出てきた。落ちるはずの涙は虚しくも上に登っていってすぐに見えなくなった。
おや、待てよ。真っ暗い穴の中にいるはずなのに涙が見えるのはなぜだ?
冷静になってよくよく自分の身体を見ると、スターを取って光輝いている時のままだという事に気が付いた。
って事は底に叩きつけられたとしても死なないって事か!
ルイージはほっとして、すぐに身体の緊張状態を解いた。そして自分の身体の輝きを利用して下を見てみるが、未だに底は見えない。
落ち続けてからもう30分は経っただろうか。これは、もしかすると永遠にこのままの状態が続くのかもしれない。
永遠に?
死なないとわかっただけ少し状況は良くなったが、深刻な事態である事には変わりないのか。
その事に気付くと、すぐにまた絶望的な気持ちになった。
ずっと頭が下になっている姿勢のままなので頭がズキズキしてきた。頭の痛みに合わせてじわじわと恐怖が襲ってくる。
死ねない身体のまま永遠に落ち続ける。
考えただけで気が狂いそうになり、ルイージは発狂した。
急激に心臓の鼓動が激しくなってゆく。そのうち、このまま破裂してしまうんじゃないかと思う程大きいものになり、呼吸も荒くなってきた。息が、息が苦しい。身体が酸素を求め、眼は充血して真っ赤になってきた。
気が付くとルイージは失禁していた。
その瞬間、何か人間としての尊厳を失ってしまったかのような虚無感に襲われ、身体の力がふっと抜け落ちた。意識も朦朧としてきて、ルイージは遂に気絶してしまった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか、彼はふと意識を取り戻した。
嫌な夢を見ていただけか、そう思ったのも束の間、闇の中で光輝く自身の身体と浮遊感を感じた瞬間、彼の精神は崩壊した。
壊シテヤル。
他の奴らなど知った事か。俺が幸せになれない人生にもはや意味など無い。
このまま死ぬ事すら出来ないのなら。
このままピーチがマリオのものになるのなら。
こんな世界など俺がこの手で滅茶苦茶にしてやる。
絶望的で救いの無い状況に陥る事によって普段抑え付けていた嫉妬や憎悪などのドロドロした粘着質の感情がマグマのように大量に溢れ出し、彼の心はあっという間に、闇に侵食された。